私は言っていた⋯⋯
毛利小五郎のようになってはいけない、と⋯⋯。
前職で、子どもたちを目の前に伝えていた言葉である。
言い換えれば「思慮深い人間になってくれ」と言うことだ。
この男は「推理」と言う点においては実に安直で、例えば
・血のついたナイフ
・何か刃物で刺された傷がある死体
がその場に存在した際に「これは殺人事件で、凶器はこのナイフだ!!」と言う可能性が高いであろう(ギリ自殺も視野に)。
しかし、どうだろう。
本質と言う事実を明確にしていかなければならない場合
「何故ここに「血のようなものが」付着した「刃物のようなもの」があるのか?」
「何故ここに死体(本当に?)が存在し、「刺し傷があるのか、そもそも本当にこれは刺し傷か?」」
を精査しなければならない(まだまだたくさんあるが)と思うのだ。
安易にナイフを凶器とし、それで殺害ないし自殺した死体、と判断することは容易であるが、それは「その個人の憶測」の域を出ない。
・そもそもナイフなのか?
・血液なのか?
・仮に血液として、その死体のものか?
・指紋はどうか?
・刺し傷とナイフが一致するのか?
etc...
そう、この段階では判断材料が少なすぎるのである。考慮しなければならないことはこんなものではなく、もっと膨大だ。
よって、その場の「見た目の判断」で、主観で結びつけるのは非常に危険なことである、と言うことを私は伝えてきた。
「悪意」は周囲の人間を騙す可能性がある者・物の「可能性」があり、重要なのは客観。
「だから出題者の意図を読み取ることができない受験生を何とかしたい(したかった)」のだ。
そして、もう一つ重要なこと、それは⋯主観ではありますがコナンよりも⋯⋯
断然コッチ派の私は、ようやく横手市における最強の一角に足を踏み入れた、と言う訳だ⋯⋯。

お目当てのオマール海老のまぜそばが本日は無く、しかし色んな方々が絶賛する担々麺を狙う。
まさに千差万別の担々麺⋯⋯辛味別皿チョイスが正解かどうか、やはり初見の店は緊張が走りますな⋯⋯。

ぬぬぬぬぬぅぅ⋯⋯これは基本形の⋯⋯
O...TE...HO...N...です⋯ッッッッ!!!
ゴマとラー油の「例の」感じ、そしてベースのスープ。
オーソドックスの基本形を地で行くようなスープであり、ミントの味が溶け出したタイミングが、とても楽しみなスープ、と言わねばなるまい⋯。

ツルっと系の太麺にスープが絡み、これまた「例の」感じを出してくれる。
ミンチの軟骨の味、食感も実に良く、トータルバランスの高レベルさを感じることができる。
こりゃあズルズルいっちゃうぜ⋯。


なるほどなるほど、この辛味の刺激的な感じ。
こりゃあリピーターが多いのも納得だ。ただ個人的には、地のスープの味で最後までいきたいのでスープに溶かさず、麺と食べることを優先に。
初見の店での味玉は必須案件。
とても下地の味わいが深い味玉でした!!!

ごちそうさまでした。
実は何度か行くことができる機会はあったが、母がこの店を敬遠していた。母は一度誰かに連れられてこの店を訪れ、人気だからと言う理由で最も濃厚な海老系を食べたとのこと。
あまりの濃さに(母はもう濃い味を好まない)「もう来なくて良いかな⋯」と思ったらしい。
しかし、いよいよ私の欲が爆発し「煮干か鶏出汁だったら絶対に大丈夫だ!!!」と誘い、煮干しを選択。
結果
「こんなに美味しい煮干のラーメンを敬遠していたなんて⋯⋯」と猛省。
「月イチで来たい」との言葉を残した。
そう、間違いなくこの店は「横手市最強クラスの一角」であると同時に「県内最強クラス」であることもお伝えしておきたい。
いずれ⋯⋯オマール海老味噌まぜそば⋯⋯食べに来ます!!!
思考の欠落は絶対にダメ、と私は思っているし、そこはパスカルの仰る通り。
確かに、現象をそのまま受け止めた方がいいときも当然有り得る。
極論で、例えば、高校野球で夏の甲子園決勝、優勝チームにおめでとうと声をかける。
かけられた選手たちはまず間違いなく嬉しいだろうし、周囲の人間はそう声をかけるべきである。
選手たちの中に「どうせ本心で「おめでとう」なんて言ってね−だろ」と思う選手はいないであろう。
しかし、現実問題、社会に身を置き仕事をしている私は、そして日常を生活している私は「どう見られているか」「本当にこれで良いのか・良かったのか」などを考えなければならない。
能力・センスみたいなものがない私のような人間でも勉強し、考えることはできるからだ。
まぁそのせいで頻繁に・・・・・・
「考え過ぎだ」とか「素直に受け取ったら」とか言われます⋯⋯。
難しいぜ!!!
ゴリさん!!!
サバ節があそこまでの威力を出すとは思いませんでした!!!
そして⋯⋯ちょっと食べ過ぎました!!!